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アイドル好きのアラフィフ無職の腐女。#ミニマリスト #ぶらり旅 等について記事をUP

実兄が死んだ

実兄の長兄が死んだ知らせの一方が届いたのは、2021年7月25日の18時過ぎだった。

その頃には出来上がっていて、着信には気が付かなかった。

朝、うだうだしていて8時半くらいにMacを立ち上げたら、右上にメールのお知らせがひゅっと入ってきて気がついた。

「〇〇(兄の名前)がなくなりました。」

 

は?

とりあえず、やかんの火をとめて、心臓がバクバクするからエチゾラムを飲んだ。

電話をしようとiphoneを手にすると、充電が切れていた。やっちまった。

iphoneを充電ケーブルに繋いで数分もせずに起動させて充電が3%になったところでオカンに電話をした。

 

「何してんたの?」

「寝てた」

「そう。酒がどうしてるのかなって次兄が。次兄には1人で来てもらってて」

「うん」

「明日告別式だからご時世がご時世だから5人で見送るって事で」

「うん。メールのお知らせ見たら急に調子が悪くなって」

「私もずっと悪いよ」

「うん」

「あんた、黒い服持ってる?」

「なんとかする」

「なかったらグレーとかでもいいから」

「うん」

「今日(通夜)は3人でやるわ」

「うん」

「明日の式場、わかる?2階で外に名前出てないから」

「うん」

「このご時世やから5人で見送るって事で」

「うん」

 

電話を切った。

兄の死因は聞いていない。

全く聞く気がしなかった。

秒でお腹の調子が悪くなった。

昨日、死んだってこと?それともおとつい?

お葬式に呼ばれるってことは、コロナでなくなった訳ではないのかな??

 

今年の6月中旬、兄の奥さんがコロナにかかった。

心配してメールしたら「体調が良い」とレスがあった。

そのまま、発症しないで事なきを得たのだろうと思っていた。

これが最後のメールのやりとりになった。

最後に会ったのは去年の9月、ドラゴンズのファンクラブにログインできないから手伝えとの事。

兄はパソコン関連はからきしダメだった。

うちに来てもらって作業した。そんな大した話ではなくて、秒でトラブルは解決できた。

しきっぱなしのワイの布団を見つけると、「おっ!こんな所に布団が敷いてある」と言いながらゴロゴロし始めた。

そこに兄嫁が甘えて行き、調べ物してあげているのにいちゃいちゃするんじゃあないよと思った。

なんやかんやで帰っていき、数分後に連絡がきた。嫁とはぐれたと。嫁の携帯は俺が預かっているから連絡取れないと。

駐車場がすぐ近くだったから行ったけどどちらも見つからない。

連絡したら合流したとのこと。

めんどくっせえ夫婦やなと。

それが長兄に会った最後だった。

 

なんで死んだんだろ?

今考えられるのは以下

勤務中の熱中症

勤務中のバイク事故

ワクチン接種により体調悪化

単純に自死。

自死を候補に挙げたのは、過去に仕事先のトラブルで精神がやられ鬱状態になり精神病院に入院したことがあるからだった。

 

2021年7月27日

葬儀現場に到着。

兄と対面した。

綺麗な顔してるな。

本当に死んだんだ。

死体見ても実感が湧かない。

葬儀終了後、焼場に移動。控え室で親父、おかん、次兄、兄嫁と俺のいる中、なんとなく切り出した。

「私、死因知らないんだよね」

 

なんとなく察して私は切り出した。

「自死?」 

母と兄嫁が交互にぽつぽつ話し始めた。

「そう」

お嫁さんが言った。

「私も旦那もコロナにかかってさ、2人とも治ったんだけど、(旦那の)筋力が弱っているのか旦那はうまく歩けなくてさ。いつ復帰できるのかって本人は考えているみたいで」

 

母が言った。

「気晴らしにうちにおいでーって、写経してたら(母の趣味)僕もやってみようかなって、やるようになって」

 

お嫁さんが言った。

「25日の日曜に買い物行ってくるねって出かけた後だったの。(自殺する)隙狙ってたのかなー」

「帰ってきたら、一階の窓のカーテンレールが壊れて何か流れていたからさ(1回目の首吊り失敗」

「二階に行ったら柵に引っ掛けててさ」

 

兄はコロナが完治したのにも関わらず、体調が思うように戻らず鬱を拗らせて首を吊って衝動的に自殺したのだった。

お嫁さんは慌てて別宅(同じ区内)も父に電話した。

父は救急車を要請。

多分救急車が来て、呼吸器が口に突っ込まれて、蘇生を試みたのだろうが時すでに遅く帰らぬ人となった。

 

前に鬱になった時もそうだった。

職場のルールを少しだけ捻じ曲げたのを咎められ、懲戒免職になりかけた時だった。

結果、長期休職の上に精神病院に入院措置となった。

再度、同じ様なことが自身におきて、心の中で焦っていたのかもしれない。

そんな恐怖が彼の心をじわじわ蝕んでいたのかもしれない。

 

享年52歳。お疲れ様でした。

辛い人生、卒業おめでとう!