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もうどうにでもナーレ!梅雨の大村リコール祭り

「あいちトリエンナーレ」も「大村知事リコール」にもそれほど興味無かった。地元なのにもっと関心持てよと自分に突っ込んでいる。何でこうもツンと来ないのか。何でだろう?そもそも大村知事に関心が無い。何でだろう?ルックスがちょっとフナっぽいから?それもあるけどびっくりするぐらい期待もしていない。どこかどうせ地味な愛知県、多少の事はあったとしてもそれ程の問題は起こさないと思い込んでいた。

ところがどっこいせ。「あいちトリエンナーレ」の企画展で、昭和天皇の写真をバーナーで焼いて灰を踏み付けるような映像作品などが展示され、開幕3日で展示中止になった問題が勃発。コレに対し河村市長がおこ。税金も投入するしないでさらにいろいろ問題が浮上(プジョーのマークの物真似しながら)大炎上。気づいた時には年越して6月も半分すぎて「大村知事リコール運動」に大発展。あれま。

大村時事は表現の自由を縦にし主張しているらしい。確かに昭和天皇の写真を燃やす展示はするべきでは無かったなと。故人に失礼にあたる様な行動を芸術として展示していいのかは常識があれば判断出来る。元従軍慰安婦を象徴する少女像の展示もわざわざ炎上案件持ってこなくてもいいのにと。さほど賢く無い私は過去の歴史に意味も鑑みず、汲み取れもせず直感だけで不愉快になるだろうな。あ、これもヘイトになるのか。がはは。

その20年ほど前、わてくしは友人らと手作りで作った雑貨等を持ち寄り、アートフリマに出店していた。細々と数年活動を続けていたけれど、最初に誘ってくれた子が参加費は払うもののあまり真面目に活動しないので呆れて辞めてしまった。その5年後くらいトリエンがスタートした。長者町を活気づけようとアート活動が行われ、その延長線上だったか記憶が怪しいが「あいちトリエンナーレ」を支援したりしていた。地下街がシャレおつな飲み屋街になったのは記憶に新しい。なんかアート活動頑張ってるなーと少し羨ましくも感じた。問題が炎上するまでトリエンや当時の創作活動の事などキレイさっぱり頭から消え去っていた。

何故稚拙ながらの創作活動を辞めてしまったのか?30歳で転職せざる得なくなって忙しくなって小物を作る気が起きなかったのだ。転職前は給料は少ないが9-17時定時で自分の時間はたくさんあったから、隙間時間で雑貨を作って土日に出店したりできた。メインで作っていたせっけんの一番売り上げがあった某イベントでは薬事法を盾に販売が不可能になったのもあって作るモチベーションは減速していった。不景気で物が売れない中、残業をし何となく世間から遠ざかっていた。疲れ切って土日は昼まで寝て夜は酒ばかり飲んでいた。芸術も自分を諦めていた。

継続していた創作作家さんの1人は有名百貨店で個展を開いていた。ある作家さんは立派な絵本を販売していた。私も15年諦めずに活動していたらまだあっち側にモチベーションを置いて生きていられただろうか?でも、何だか頑張れる気がしない。100均に行けば簡単に可愛い小物は買えるし、面倒臭いのに小物類を作って売りたく無い。地球の邪魔な気がする。売るなら消え物が良い。

高須先生が「天皇や英霊を侮辱する作品などの展示を税金で補助するのは許せない」には同意する。だけども、だけども、大村知事のリコール運動の内容みてギョッとした。設立主旨の【3】県政及び公約実現性の問題である。「県と名古屋市が一体的に機能強化を図る「中京都構想」の推進と、自立する大都市圏に向けた取組。」と表記されたいた。これって今流行の大阪モデルではないかとネット民から声が次々と上がる。これでは維新イズムに丸め込まれてしまう。何なら高須先生は次期知事にあの竹田恒泰氏を推していたのだ。絶対それだけは辞めてほしい!こんなに揉めるなら芸術と称した政治活動は絶対に辞めて頂きたいし、それに乗っかって誰かに都合の良いリコール運動なんてして良い訳ないのだ。

 

※昨日の20時くらいに寝て22時過ぎに覚醒し、そこから日を跨いで翌日の午後16時になりそうです。イエー、めっちゃネムてー!